自家用電気工作物やキュービクル内部の点検において、ボルト締め付け部の緩みや接触面の酸化・熱劣化による重大事故(相間短絡・電気火災)を未然に防ぐ非接触診断技術が、赤外線サーモグラフィによる発熱点検です。
電気設備を通電状態のまま安全に撮影でき、熱画像として温度分布を視覚化できるため、月次・年次点検での巡視項目として広く普及しています。
この記事では、接触不良によって発生する異常発熱の物理メカニズムから、判定の基準値となる「相間温度差(δT)」と「絶対温度」、測定誤差を排除するための放射率(ε)設定や負荷率の影響、そして現場での安全撮影手順まで詳しく解説します。
1. 接触不良による異常発熱のメカニズム(ジュール熱と熱暴走)
電気接続部(ブスバー接続部、ケーブル端子、遮端器爪部)でボルトの不完全締め付けや振動による緩和が発生すると、接触面積が減少して接触抵抗(R)が急増します。
接触抵抗に負荷電流(I)が流れることで、以下のジュール熱(P)が発生します。
発生した熱は金属表面を酸化させ、酸化皮膜(酸化銅等)が形成されることで接触抵抗がさらに増大します。この悪循環が「熱暴走(サーマル・ランナウェイ)」を引き起こし、最終的には絶縁被覆の溶融、絶縁サポートの破壊、そして大規模な相間短絡事故(アーク火災)へと発展します。
2. サーモグラフィ点検における温度判定基準(相間温度差と絶対温度)
サーモグラフィ画像から異常を検知する際、単純な「表面の最高温度」だけでなく、健全な他の相との「相間温度差(δT)」を主指標として評価します。
サーモグラフィ点検の総合判定基準
日本電気協会や日本赤外線サーモグラフィ協会の指針に基づく、高圧・低圧電気設備の代表的な判定基準です。
| 判定区分 | 相間温度差(ΔT) | 表面絶対温度 | 現場での機器状態と推奨アクション |
| 正常(良好) | 5℃ 未満 | 50℃ 未満 | 健全な状態。熱的異常は認められない。通常の点検周期を継続 |
| 注意(要観察) | 5℃ 〜 10℃ 未満 | 50℃ 〜 70℃ | 微少な接触抵抗増大の初期サイン。次回停電点検時に増し締めを実施 |
| 警戒(要対策) | 10℃ 〜 20℃ 未満 | 70℃ 〜 80℃ | 明らかな接触不良。早期の停電・清掃・ボルト再締め付けを計画 |
| 危険(緊急) | 20℃ 以上 | 80℃ 超 | 熱暴走状態。絶熱被覆の溶融や発火のリスク極めて大。即時負荷削減または緊急停電補修 |
相間温度差(δT)を主指標とする技術的理由
屋外やキュービクル内は、外気温(周囲温度)や通風状態によって表面温度が大きく変動します。同じ 60℃ であっても、真夏の周囲温度が 40℃ の環境であれば上昇値は +20℃ ですが、真冬の周囲温度 5℃ であれば +55℃ の強烈な異常発熱を意味します。環境温度の影響を相殺し、純粋な電気的異常を抽出するために、同じ電流が流れている同等回路の相間差(例:R相とS相の温度差)を判定の軸とします。
3. 測定精度を極める3つの撮影パラメータ(放射率・負荷率・反射)
サーモグラフィは「表面から放射される赤外線エネルギー」を検出して温度に換算する機器です。設定を誤ると、実際には 90℃ 近くある発熱箇所が 40℃ と表示される重大な測定ミス(見逃し)が発生します。
1. 放射率(ε)の正しい設定と補正
物体の表面状態によって赤外線を放出しやすい割合(放射率:0.0 〜 1.0)が異なります。
- 裸の銅バレル・ピカ銅ブスバー
-
放射率 ε = 0.1 〜 0.2(鏡のように周囲の熱を反射してしまい、実際より著しく低い温度が表示される)
- ビニールテープ・絶縁キャップ・黒色塗料
-
放射率 ε = 0.90 〜 0.95$(赤外線を素直に放出するため、正確な温度が測定できる)
【実務テクニック】
銅バーや金属素地が露呈している接続部を撮影する場合は、サーモグラフィの放射率設定を ε= 0.95 に合わせた上で、接続部近傍の絶縁被覆(ビニール部)や黒色ビニールテープ貼付位置の温度を測定・比較します。
2. 負荷率(電流値)の影響と I^2 補正
ジュール熱は「電流の2乗」に比例します。点検時の負荷電流が定格の 20%(軽負荷)しか流れていない状態で撮影した場合、定格通電時(100% 負荷)に比べて発生する熱量はわずか 4% 1/25 に過ぎません。
軽負荷時に「相間差 3℃(正常)」に見えても、定格稼働時には相間差 75℃(即死級の危険発熱)に跳ね上がります。点検時は必ずクランプメーターで負荷電流を計測し、高負荷帯の時間帯(昼間の操業ピーク等)を狙って撮影を行うか、電流比の2乗で温度上昇値を算定補正します。
3. 周囲壁面・照明の「映り込み(反射)」除去
金属外箱やツヤのある絶縁板は、対面にあるトランスの発熱や太陽光、照明の熱を反射してレンズに入射させます。撮影角度を垂直(90度)から 30度〜45度斜め にずらして撮影し、カメラマン自身の体温や背景熱の映り込みがないことを確認します。
4. 現場における安全点検手順と画像解析実務
高圧充電部が露出したキュービクル内部を撮影する際の実務手順と安全確保のフローです。
安衛則に基づく充電電路に対する接近限界距離(6.6kV回路では 20cm以上、実務上は 60cm〜1m以上 の退避距離)を維持し、保護具(絶縁用保護具・保護帽)を着用します。
該当回路のクランプ電流を計測し、定格に対する負荷率(例:60% 通電)を記録します。
異常箇所が判別できるよう、熱画像と全く同じ画角の「可視光写真(普通のデジカメ画像)」をペアで撮影・保存します。
サーモグラフィの画面上で自動最高温度追従カーソルをONにし、端子部ボルト・かしめ部・接触爪の最高温度をピンポイントでキャッチします。
5. おわりに:現場で失敗しないための実務アドバイス
赤外線サーモグラフィを用いた発熱・接触不良点検の要点が整理できたでしょうか。
非接触で安全に診断できる強力なツールですが、表面の物理現象を正しく理解していなければ「誤判定」を起こしやすい繊細な測定技術でもあります。
最後に、現場代理人・電気管理技術者が心得るべき3つの実践ポイントをお伝えします。
ボルトの「締めすぎ(オーバートーク)」による発熱に注意すること
接触不良を恐れるあまり、ボルトを規定トルクを超えて過剰に締め付けると、銅端子やスプリングワッシャーが塑性変形(潰れ)を起こし、熱膨張・収縮の繰り返しで逆に面圧が低下して発熱の原因になります。締め付け管理はトルクレンチを用いた規定トルク値を厳守してください。
モールドトランスやVCBの「内部発熱」の伝播を見逃さないこと
サーモグラフィで見えるのはあくまで「機器の最表面温度」です。樹脂内部や密閉ケース内部で発生した異常発熱は、表面に到達するまでに放熱・減衰します。表面で +10℃ の上昇であっても内部回路では +50℃ 以上の深刻な過熱が起きている可能性があることを考慮して総合判断してください。
レポート作成時は「可視・熱画像の並列表示」を徹底すること
施主や設備オーナーへ提出する報告書には、熱画像単体ではなく、同じ位置の可視写真を横に並べて「どの箇所のボルトが発熱しているか」を一目で識別できるように構成します。視覚的な説得力が格段に高まり、補修工事の承認がスムーズになります。
正しく精度の高い診断技術を身につけ、自家用電気工作物の事故防止と安全管理を徹底していきましょう。